晴れトーク

山登り

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朝から好天に恵まれ 旧別子銅山跡入口に向かいました、ふもとからだと、車で登っても、まだか,まだかと、結構登ります、旧別子銅山跡入口は、駐車場があるし、トイレもあります、その辺は心配しなくて、いいです。登山案内の看板があったので、大体で、検討をつけて、予定では、9時出発15時ぐらいまでに、またここに戻ってきて、帰りに、しめっと言ったらちょっと違うけど、マインピア別子に寄るつもりの計画(予習復習的な)でした、道中には、ダイヤモンド水があります、一応、目的は、一番最初に掘り出した所を見てみたいです、そこまで、案内看板で見ると気軽にとまではいかないけど、まぁ~気軽な気持ちで登り始めました。ちょとした、橋でも、流石、住友さん立派な橋がかかっているので、感心しながら登って行きます、登るというよりは散策って感じです。それから、要人が泊まったという、レンガ造りの建物跡や、劇場、学校と、写真付きで紹介されていきます。今は、もう、土台の部分ぐらいしか残ってないけど、写真と照らし合わせて、あ〜ここに人が住んでいたんだ、生活していたんだ〜と思うと、とても不思議な気持ちです。普段そんなことは、全く考えないので新鮮な気持ちになれます。プラス、大自然の中ですし!、昼休憩は、ダイヤモンド水のところでとりました、だいぶ疲れてきたところに、ホースから出てくる水を頭から浴びると、疲れがいっぺんに吹き飛ぶぐらい気持ち良かったです、これで、元気がでたので、この後、銅山登り当初の目的の目的地、堀ぐちまでついたのですが、先ほどの、ダイヤモンド水で、気持ちよすぎて、もう1つ、上の目標まで、頑張ってみようと思いたったのです、その上の目標とは、銅山越です。こちら側に、掘削の穴があるのですが、ぼくたちがのぼってきた、反対側に、新居浜の街があるので、食料、生活用品などは、その新居浜の方から、銅山超をこえて、こちら側の、掘削現場より、まだ、下に町があるので、物資は、そのルートで、その町まで、運ばれていました。なので、そのルートの、こっち側とあっち側の丁度、てっぺんのところが、銅山越と言われています。山の登り切ったところなので、ここまで来たら、あと少しだろうと思い、プラス瀬戸内海の風景が見れるだろうし、いや、みたくなり、行くことにしました。が、こっからが、道は狭くなり、足元は悪くなり、角度(傾斜)は急になり、雲行きは怪しくなりで、でも、後退するには、もったいないしで、とりあえず、無言で、進みまくりました、嫁さんが、少し遅れをとり出しましたが、もう少しのところまできているので、頂上についてから、休憩しようと、どんどん進みました、意外に進んだ、やろって感じがしたぐらいに、やっと、頂上につきました。そこは、少し開けたところで、風の通り道になっているようなところで、雲が、僕のすぐ目の前を通っていきます、とても不思議な光景です。が、新居浜の街も、瀬戸内海の風景も全く何も見えません、天候は、さっきまで晴天だったのが、今は、視界20メートあるかないかの、気候の変化です。持っています。雨も、落ちはじめ、休憩は、少ししたけど、ゆっくりはせずに、下山開始です。看板や、慰霊碑があって、今、ぼくたちが、通ってきた道を、物資を運ぶ人達は、行きは、物資、帰りは、銅をもって、この道を通っていたのです。中には、途中で、息絶えた方なども、いたようです。ちなみに、ダイヤモンド水は、掘り始めて、だいぶ、銅が、底をつき始めた頃に、機械もいいのが出ていたので、銅鉱脈を探しあてるために、掘削機の先端に、硬い岩盤に打ち勝つために、ダイヤモンドを、トン先につけて、掘っていたら、ダイ大量の水がでてきて、掘削機もろとも、(まぁまぁ大きいダイヤモンド)深い、深い地中の中に置いてきたので。ヤモンド水と、言われています。ぼくたちが、行ったときに何かのひょうしで、ダイヤモンドが水に乗って、出てきてないかも、てのも、一つの楽しみでした。笑 見つけられませんでした。

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